![[柳家食堂 昭和44年6月]](../images/jpg/OLD-PIC.jpg)
1969年10月、埼玉県の片田舎に、一軒の食堂がオープンした。その名は「柳家食堂」。
その店にはもちろん歴史などなく、店主は信頼と実績が欲しかった。歴史がない分、技術と知識を人一倍身につけ、誰にも負けない熱い情熱を持っていた店主。その店主の名は柳原廣三。後の有限会社柳原商事の創設者である。
1977年6月、今まで培ってきた知識を基に、有限会社柳原商事を設立。
変動の激しい、また、田舎町での飲食産業において、着実に成長を遂げて来ました。
その中で常に、お客様のニーズに応え、また、お客様のウォンツを探り、たた単に料理や飲み物を提供するのではなく、目で楽しみ、舌で感じることの出来る料理や飲み物を提供し、笑顔と元気のあるサービス、そして、体で感じる事の出来る安らぎの空間として、お店の創りにも重点を置きました。時代の流行に流されることなく、自分たちの信念を貫き通してきたからこそ、今日の我が社が存在するのだと確信しています。
現在は、働きやすい環境をさらに強化する為に、社員・パート・アルバイトには自己主張を自信を持って行うように指導しています。全てのスタッフで、より良い会社を作る為に。
有限会社柳原商事は、「蕎麦処 関所」、「とんかつ とん廣」、「ラーメン 花時計」、「懐石 武蔵」、「米もんや竈」と、現在5つのコンセプトのもとで店舗展開を行っておりますが、さらに躍進する為に、今後、都市への出店も現在計画中です。また、PB商品の開発にも力を入れております。まだまだ発展途上の我が社は、これからもお客様に賞賛される店創り、人間形成をして行くつもりです。
誰のためでもなく、全てはお客様の為に‥‥。
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